1939年、枚方市の禁野火薬庫にて大爆発が発生し、死者多数の大惨事となった。その後、京都府精華町に移され、現在は陸上自衛隊祝園分屯地の火薬庫となっている。1960年2月に防衛庁との間で「現貯蔵能力以上は貯蔵しない。増加の場合は事前に町側と協議する」等の「確認書」が交わされているにも関わらず、現在祝園分屯地においては火薬庫の整備計画が進行中であることから、周辺自治体の住民から懸念の声が上がっている。交野市も、祝園分屯地から10キロ圏内に位置しており、無関係とは言えない。今後の火薬庫の整備目的や内容、避難計画、ミサイル等の輸送ルートなど、総合的な説明が求められている。
以上のことから、政府・防衛省に、陸上自衛隊祝園分屯地における今後の火薬庫等の整備などに係る住民説明会を速やかに開催することを求める意見書の提出を求める。
→「住民には知る権利がある。防衛省が説明責任を果たし、住民説明会を早急に開催するべき」との賛成討論があり、採決の結果、不採択となりました。